2025年10月

新しいレガシー・マシーンのスプリットエスケープメントは今後のMB&F。

MB&Fのレガシー・マシーン(LM)の全ラインナップのなかで、色や素材、あるいは複雑機構に関係なく、すべての時計に共通するものを見つけるなら、それは常にフローティング(吊り下げ式)テンプを頼りにすることだ。

新しいLM SE EVO 台北エディションは、MB&F ラボ 台北でのみ、320万台湾ドル(日本円で約1475万円)で販売される。
 その核となる機能は、2011年に登場した初代レガシー・マシン No.1まで遡ることができる。しかし、2017年に初めてリリースされたLM スプリットエスケープメント(LM SE)は、同ブランドのモダンなリリースのなかでも、技術とデザインを洗練させた10年という点で最も象徴的なもののひとつである。今週、LM SEのスポーティな新バージョン、EVO 台北エディションが発表された。基本的には特別仕様の文字盤バリエーションであるが、ここにたどり着くまでの軌跡をたどるいい機会だと思った。
 MB&Fが最初のレガシー・マシンで世界を席巻したのは2011年のことだ。アブラアン-ルイ・ブレゲ(Abraham Louis Breguet)が今日の知識と技術で何を作ろうとしているのか考えたのと同じように、マックス・ブッサー(Max Büsser)氏もその疑問について考えた。“もし私が自分が生まれる前の1867年に生まれていたら? 友人たちの助けを借りて、私はどんな時計を思いついていただろうか?”と彼は自問した。
 その結果、ドーム型クリスタルとフローティングテンプ、そして独自の垂直式パワーリザーブを備えた、LM No.1が誕生したのだ。このモデルはジュネーブ時計グランプリ(GPHG)でふたつの賞を受賞した。前面が印象的なデザインにもかかわらず、背面ははるかにクラシカルなのだ。パッケージ全体がマックス・ブッサー氏だけのビジョンではなく、一緒に作品に取り組んだクロノード社のジャン-フランソワ・モジョン(Jean-François Mojon)とカリ・ヴティライネン(Kari Voutilainen)の天才的な才能の証でもある。

LM No.1 ロングホーン。

LM No.1 ロングホーンに搭載されたムーブメント。
 ここでは簡潔にするために、LM No.2とLM 101(それ自体がおそらくLMデザインの真髄だ)を飛ばして、今週発表されたEVOが、どのようにしてレガシー・マシーン スプリットエスケープメントにつながるのか、その経緯をお届けする。
 マックス・ブッサー氏の周囲には天才がいると以前話したが、このブランドの“友人(Friend、MB&FのF)”のなかで、私が最も魅了されているひとりがいる。2015年、神学者であり北アイルランドの時計職人でもあるスティーブン・マクドネル(Stephen McDonnell)氏に、ブッサー氏はLM パーペチュアルのデザインを依頼した。彼はこの時計にふたつの条件を課していた。それは、本来のやり方とは変えること、それと文字盤中央にはMB&Fの特徴であるフライングテンプを配置することだ。マクドネル氏が直面した問題は、少なくとも伝統的な意味で脱進機を設置するスペースがないことだった。

 

過去のレガシー・マシンのテンプは脱進機とともに時計の前面にあったが、パーペチュアルカレンダーを表示する上では十分なスペースを確保できなかった。そこでマクドネル氏は、世界最長となる天芯を製作し、テンプを時計の前面に残しながら、脱進機の残りの部分(アンカーとガンギ車)を、約12mm下に配置できるようにしたのだ。最初にこの設計が実現したのはLM パーペチュアルだったが、このアイデアは、2017年に発表した簡略化されたLM SEにも採用された。

 

長年にわたり、ブランドはダイヤルカラーやムーブメントの素材を変えて多くのLM SEをリリースしてきた。これはブランド共通のテーマである。ひとつのリリースを逃した場合は、そう遠くない未来に別のリリースのチャンスがあるのが普通だ。しかし、LM SE(およびLMシリーズ全般)最大の大きな変化のひとつは、2020年にLM パーペチュアル EVOとともに、EVOケースが登場したことである。
 EVOラインは理論的にLMの問題点のいくつかを修正したものだ。豪華で彫刻的ではあるが、日常生活には少し不向きに思えるかもしれない。80mの防水性、ねじ込み式リューズ、一体型ラバーストラップ、ノンベゼルデザインを採用しているのがポイントだ。また世界初のモノブロック衝撃吸収システムであるフレックスリング(FlexRing)によりムーブメントが吊り下げられており、日常的な使用(および若干雑に扱っても)に対応できるよう設計されている。そしてオリジナル同様、LM パーペチュアル EVOがリリースされて間もなく、2022年にLM SE EVOが後に続いた。


 それはブランドにとって形とシンプルさに回帰したものだったが、同時にスカイブルーというメインテーマおよびビバリーヒルズ・エディションによって、ドラマチックな色も強調されていた。上の写真にある、UAEの“ゴールデン・ジュビリー”エディションは、その直後に発売された。実際、今回の最新台北モデルは、この1年余りで4本目となるリリースであり、これは2023年の生産本数を500本未満と予測しているブランドとしてはかなり早いペースである。44mm径×17.5mm厚というEVOのバリエーションは、サイズ的にはオリジナルのSEより小さくもなく、装着しやすくもないが、理屈の上ではより耐久性に優れている。


 新しいLM SE EVO 台北エディションは、スプリットエスケープメントのムーブメントが、ブラックの地板とグリーンダイヤルを備えたグレード5チタンケースに収められている。また約72時間のパワーリザーブのために、主ゼンマイの入ったふたつの香箱を備えた手巻きムーブメントはそのままに、面取りされた内角、コート・ド・ジュネーブ、手作業で施されたエングレービングなど、19世紀スタイルの手仕上げも施している。ダイヤルには時・分・日付、パワーリザーブインジケーターがあり、ケース左側のプッシュボタンで日付を調節する。しかしここで重要なのは、MB&Fがスポーティなデザインと、目立つものの以前のモデルほど派手ではない装着しやすいカラーウェイという完璧なバランスを取ったことだと思う。史上2番目のM.A.D.ギャラリーで、ロリ・シェン(Lori Shen)氏とそのチームを称える素晴らしいリリースだ。しかし、20本のうちの1本を手に入れるには、台北まで足を運んで約10万ドルを支払う必要がある。

 ここ12年のLMシリーズの発展を振り返ると、技術と素材の進化により、ブッサー氏とその友人たちは、ますます急速に時計製造の限界を押し広げているように感じる。ただ情報を逃した場合に、”もう1度チャンスを得る”という私の一般的なルールには例外がある。初代LM No.1の製造期間はわずか6年だった。LM SEがブランドの中心的な象徴となる時計として、最後の日を迎えようとしていることは想像に難くない。素晴らしいデザインだが、これまでのMB&Fの歴史を物差しにすると、EVOラインがその若さを保っていなければ少々古くなってきたと思うかもしれない。
 もしそうなら、ブッサー氏と彼のチームは、MB&Fの次のデザインに活かせる才能に事欠くことはないだろう。LM シーケンシャル EVOはMB&Fが誰も可能だとは知らなかったこと、ましてや必要だとは思わなかったことを実現した一例にすぎない。ただこのブランドは常に、LMシリーズと同等の形で、常に複雑さとシンプルなエレガンスのバランスを取ってきた。私は内部の事情は知らないが、自身の論理を基に言うと、年内にMB&Fから何か新しいものが発表されるのではないかと考えている。複雑さ対シンプルさという“作用反作用”のビジョンを持っているので、ブランドがフローティングテンプの核となるデザインを、新しくエレガントかつシンプルな方法で実現したものを出したとしても驚かない。

セイコーが新しいデジタルウォッチを発表した。

ベゼルを回すことでデジタル機能を選択でき、デュアルタイム、アラーム、ストップウォッチ、カウンター、タイマー、そしてもちろん時刻設定を切り替えることができるのだ...とてもクールだろう? 実はこれ、以前にも見たことがある。今回のモデルは、1980年代初頭に登場したセイコー A829の実質的な復刻版であり、当時は特に宇宙飛行士たちに人気があった。というのも、想像のとおり(宇宙服の!)グローブを着けたままでも操作できるベゼル機構が採用されていたからである。もちろん、小さなボタンを押す手間を避けたい人々にとっても理想的な仕様だった。

 A829およびその類似モデルは、回転式ベゼルを備えていたことから、すぐに“ロトコール(Rotocall)”の愛称で知られるようになった。セイコーによれば、セイコー アストロノートと呼ぶ者もいたという。どちらの呼び名も実にふさわしい。なぜならこのロトコールは多くの宇宙飛行士たちに選ばれ、実際のミッションで着用されたからである。そのなかには、オランダ人宇宙飛行士ウッボ・オッケルス(Wubbo Ockels)、NASA宇宙飛行士で“宇宙初の母”となったアンナ・フィッシャー(Anna Fisher)氏、初のオーストラリア人宇宙飛行士ポール・デズモンド・スカリー=パワー(Paul Desmond Scully-Power)氏、そしてNASAミッションに参加した初の西ドイツ人ウルフ・メルボルト(Ulf Merbold)氏らが含まれている。
 ロトコールは、NASAやその他の宇宙機関で正式支給された時計ではなかった。宇宙飛行士たちは自らの判断でこの時計を選んだのであり、それがこのモデルの機能性と実用性を如実に物語っている。かつてそうであったように、そして今回の新バージョンにおいてもこれはまさしく真のツールウォッチである。

 もちろん今回の復刻版は、これらすべての機能がスマートフォンで簡単に手に入る時代に登場したものだ。しかし、かつてオリジナルモデルをミッションで身に着けた宇宙飛行士たちのように、我々もまた自分の興味や考え、必要性、そして個性を表現するために時計を身に着ける。そしてそれを、日常という自分自身の冒険に連れ出すのだ。この時計が物語るのは、宇宙という過酷な環境で任務をやり遂げた、勇敢で卓越した才能をもつ男女の腕に輝いたタイムピースへの敬意である。その背景を受け継ぐことは、この復刻モデルにとってきわめて重みのある使命である。

 その実現のために、このモデルはオリジナルにきわめて忠実な設計を採用している。ステンレススティール製ケースの直径は37mmと非常に装着しやすく、厚さもわずか10.6mmとスリムだ。ラグ・トゥ・ラグは約43.5mmとコンパクトで、軽量かつ快適な装着感を目指している。さらにフラットなラグ形状がその快適さをいっそう高めている。このリイシューモデルでは、新たにAM/PMインジケーターとバッテリー残量表示を搭載し、シンプルなLEDディスプレイにより多くの情報と実用性を加えている。
 このミニマルなスティールケースは、この時計の最大の特徴であるベゼルを堂々と引き立てている。展開は3種類で、いずれもオリジナルと同じイエロー、レッド、ブルーのカラーバリエーションだ。イエローとレッドはブラックと、ブルーはグレーとのコントラストを成している。ブルーとイエローのベゼルモデルにはオレンジの、レッドモデルにはイエローのアクセントが施される。双方向回転ベゼルを回すことで、目的の機能を素早く切り替えることができる。操作はきわめてシンプルだ。ブレスレットも同様にシンプルで、SS製の5連ジュビリースタイルを採用。新しいロトコール クロノ アラームを、日常のあらゆるシーンで手首にしっかりと固定してくれる。
 価格は、3色いずれも7万1500円(税込)で展開。セイコーの正規販売店で購入できる。詳細なスペックは以下のとおりだ。

我々の考え
手ごろな価格で高品質、さらに明確な目的をもった時計づくりで知られるセイコーがデジタルクォーツの世界に戻ってきたのは実にうれしい。そして今回のモデルは、オリジナルの持つ素晴らしい背景を継承した、十分に価値のある参入作だ。しかも限定ではなくレギュラーコレクションの一部として展開されるという。これは明らかに、同価格帯でメタル製G-SHOCKを数多く展開するカシオへの強烈な一手であり、セイコーが堅牢なデジタルクォーツウォッチのもうひとつの選択肢として再び存在感を示そうとしていることを思い出させてくれる。


基本情報
ブランド: セイコー(Seiko)
モデル名: セイコーセレクションデジタルクオーツ “ロトコール”(Seiko Selection Digital Quartz “Rotocall”)
型番: SBJG017(イエローベゼル)、SBJG019(レッドベゼル)、SBJG021(ブルーベゼル)

直径: 37mm
厚さ: 10.6mm
ラグ・トゥ・ラグ: 43.5mm
ケース素材: ステンレススティール
文字盤: デジタルディスプレイ(ブラックまたはライトグレーのベゼル)
夜光: デジタル表示のLEDバックライト
防水性能: 日常生活用強化防水(10気圧)
ストラップ/ブレスレット: SSブレスレット

1982年に発売された、当時のロトコール。

ムーブメント情報
キャリバー: A824
機能: 時・分・秒表示、アラーム、デュアルタイム、クロノグラフ、タイマー、カウンター
電池寿命: 約3年
追加情報: デジタルクォーツ、月差±20秒

価格&発売時期
価格: 全モデル7万1500円(税込)