2025/07/04
歴史的に重要なロレックス ディープシー・スペシャル、ドレダイヤルのパテック フィリップ 永久カレンダー
今回はさらに充実した内容となっている。Bring A Loupeを待っていたという読者も多いだろう。あえてコメントで知らせてもらう必要はない。コメント欄があふれてしまっても困るからだ。
さて、前回の特集で取り上げた時計の結果について触れておこう。正直なところ、あまり大きな反響はなかった。ガス・グリソムのオメガ スピードマスターは依然として41万5000ドル(日本円で約6200万円)で販売中であり、ニール・アームストロングの個体はRRオークションにて136万6694ドル(日本円で約1億9500万円)に達している。エテルナ スーパーコンチキはeBayにて3900ドル(日本円で約55万7000円)で再出品された。もっとも手の届きやすい選択肢であったタイタス カリプソマチックは、500ドル(日本円で約7万円)未満のオファー価格で売却された。
それでは、今回も注目モデルを紹介していこう。
ロレックス ディープシー・スペシャル No.35、1966年製
我らがBring A Loupeでは初めてのことだと思うが独占発表がある(4月11日HODINKEE本国版掲載当時)。ロンドンでロレックス ディープシー・スペシャル No.35が売りに出されるのだ。
ロレックス ディープシー・スペシャルとは、ロレックスによる初の試作・実験的な深海潜水用時計の名称である。正式な製品名というわけではない。シードゥエラーやディープシーといったモデルの起点は、このディープシー・スペシャル・プロジェクトにある。もちろんこの時計はオイスターケースに大きく依拠しているが、これは潜水艇の外側に装着するために設計された実験機であることをまず強調しておきたい。サイズは非常に大きく、腕時計コレクションの空きを埋めるような存在ではない。むしろロレックスの歴史を物語るひとつの証として捉えるべきものである。「これは博物館にあるべきだ」という、インディ・ジョーンズ的な思いが浮かんでも不思議ではない。だが安心して欲しい。この時計の実物は、スミソニアン博物館やチューリッヒのベイヤー博物館といった施設で実際に展示されている。
ロレックスは1950年代から1960年代にかけて、複数のバージョンのディープシー・スペシャルを製造した。本プロジェクトが成果を収めたのは1960年1月23日。この日、ディープシー・スペシャルが地球の最深部、マリアナ海溝のチャレンジャー海淵(1万916m)の海底に到達した。このとき、時計はバチスカーフ“トリエステ”号の外部に取り付けられていた。同艇にはスイスの海洋学者であるジャック・ピカールと、アメリカ海軍中尉のドン・ウォルシュが搭乗していた。
この1960年の記録的な潜航の前には、1953年と1956年にトリエステ号による“試験潜航”が2回行われており、いずれの航海にもディープシー・スペシャルが搭載されていた。ロレックスはそれぞれの潜航後に設計をわずかに変更しており、最終的には3つのバージョンが存在することとなった。1960年の潜航は、その最終形として位置づけられる。
トリエステ号の成功および実際に使用されたディープシー・スペシャルの偉業を受け、ロレックスはその成果を世に広めたいと考えた。これを記念して、マリアナ海溝到達モデルとまったく同じ仕様で製作された記念モデルのディープシー・スペシャルが少数製造された。総製造数についてロレックスが公式に発表したことはなく、正確な数は不明である。ただし、ロレックスが所有する“No.47”の個体が存在することは確認されている。いずれにせよ、製造数が2桁というのは、ロレックスにとっては極めてまれなケースである。
この記念モデルは一般的に小売販売されることはなかったとされており、1960年代半ばから後半にかけて、世界中の博物館や有力なロレックス正規販売店に寄贈されたと考えられている。
私の手首の上で。
今回販売される個体は来歴が確認されており、市場でも真正品として認められている。ドイツ・ヴッパータールのヴッパータール時計博物館が所有していたもので、“No.35”と刻まれている。これまでに2度オークションに出品されており、直近では2021年にフィリップスを通じて出品され、105万8500スイスフラン(当時のレートで約1億2700万円)で落札された。手首につければ圧倒的な存在感を放つが、これはロレックスの歴史を象徴する一本である。もし実際にトリエステ号に装着された3本のディープシー・スペシャルが“アポロ計画で宇宙飛行に使用されたスピードマスター”と同様の存在であるならば、今回のような記念モデルは前回紹介したガス・グリソム所有の金無垢スピードマスターに相当するものと言えるだろう。
販売はMaunder Watchesのエイドリアン、オスカー、そしてそのチームによって行われ、価格は“応相談”となっている。詳細はMaunderの公式ウェブサイトを確認して欲しい。
パテック フィリップ Ref.3940J “ドレ”ダイヤル、1989年製
もしパテック フィリップにおける“究極の時計(グレイル)”リストを個人的に作成するならば、ステンレススティール製のRef.1518など、その他極めて素晴らしいアイテムを挙げることになると思う。とはいえもっとも現実的な“グレイル”は、おそらくこのドレダイヤルのRef.3940J、特に今回紹介する“No.10”、チューリッヒのべイヤーのために製作された個体だろう。まあ、No.10以外を選んでも十分に満足できるはずだ。
ミシガン州デトロイトにある比較的小規模な遺産専門のオークションハウスを通じて市場に姿を現したこのRef.3940は、シャンパンカラーのダイヤル、すなわち“ドレ”ダイヤルを備えている。これは当時のパテック フィリップのオリジナル証明書にも記されていた正式な表記であり、イエローゴールドケースのパテック フィリップ製永久カレンダーモデルに通常見られるシルバーまたは“ホワイト”ダイヤルのモデルに比べてはるかに希少性の高い仕様である。Ref.3940に関しては製造年が古ければ古いほど価値が高いとされており、このシャンパンカラーのダイヤルは製造初期の第1および第2世代に集中して存在するため、収集価値もいっそう高まっている。こうしたダイヤルは、初期の製造ロットやベイヤーが販売した初期個体に見られるものだが、はっきり言ってこの“ドレ”カラーこそが、Ref.3940Jのケースにもっともよく調和するトーンであると確信している。私自身はゴールド系のダイヤルをあまり好まないが、このリファレンスに関しては例外である。
今回紹介するこの個体は、オークションに出品された背景から見て、初代オーナーもしくは長年の所有者による委託であると推察される。ミシガン州ブルームフィールドヒルズ在住の個人コレクションから出てきたもので、出品者は初期のアクアノート Ref.5066も同時に出品しており、審美眼の光る2本を所有していたことがうかがえる。オークションページの記載によれば、本品はオリジナルのボックス(内側の剥がれあるが、これはよく見られる状態)と書類がそろったフルセットである。特筆すべき点として、ケース左側(9時位置側)の側面に刻まれたふたつのホールマークがある。これらは初期製造の個体に固有の特徴であり、ポリッシュされる過程で消失してしまっている場合が多い。このような状態のホールマークが残っている点は非常に重要である。なお、同様にボックスと書類が付属しながらも、ホールマークがポリッシュによって消えていた個体が2022年11月にA Collected Manを通じて10万5000ポンド(当時のレートで約1750万円)で販売された記録がある。
このパテック フィリップ Ref.3940Jは、DuMouchelle’sによって2025年4月に開催されるDay Oneオークションのロット1番として出品される予定である。開催日時は4月17日(木)午後11時(米東部時間、日本では4月18日午後1時)。エスティメートは2万〜3万ドル(日本円で約285万〜428万円)とされている。出品ページはこちらから確認できる。
IWC ドッペルクロノ Ref.3711 箱・書類付き、1996年製
これは、HODINKEEでも長年にわたり愛されてきたモデルである。1990年代初頭、IWCはドッペルクロノグラフ Ref.3711を発表した。このモデルはスプリットセコンド・クロノグラフの概念を再定義する先駆的なタイムピースであった。ギュンター・ブリュームラインの指揮のもと、リヒャルト・ハブリングの技術力によって、IWCはバルジュー7750をベースに堅牢かつ扱いやすいラトラパンテ機構を開発した。この革新的なメカニズムでは、従来のコラムホイールではなくカムによってクロノグラフおよびスプリットセコンドの制御を行っている。これにより、高精度を保ちながらも耐久性があり量産可能で、かつ高級機ほど価格が跳ね上がらない実用的なコンプリケーションが誕生したのだ。そして(私にとっても)朗報だが、経年とともにコレクターズアイテムとなってはいるものの、中古市場では依然として非常に手の届きやすい存在であり続けている。
Ref.3711のデザインは、IWCの傑作パイロットウォッチであるマーク11に着想を得ている。42mm径のステンレススティール製ケース、ドーム型サファイアクリスタル、そして耐磁性を確保するための軟鉄製インナーケースを備えている。現在では広く認識されているIWCの“フリーガー”スタイルだが、このRef.3711とその商業的成功がアイコニックなデザイン言語の確立に大きく貢献したのは間違いない。スプリットセコンド・クロノグラフでありながら、実用性と装着感に優れ、日常使いにも適している。そしてムーブメントの革新性は、もっともマニアックな時計愛好家の心をも掴む魅力を持っている。
販売元はロンドンのSubdial。ティムとそのチームによって、このIWC Ref.3711は現在、希望価格5450ポンド(日本円で約103万円)で公式サイトに掲載されている。詳しくはこちらから確認できる。